反省記別館

<< October 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
LINKS
PROFILE
SEARCH
<< 山手線バトン | main | 迷子シュナウザー(アニーくん)捜索願い >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | - | - | - |
10年目
昨日電車に乗ったら、受験シーズンを意識したKitKatのキャンペーン車両で、受験生に向けたメッセージなどが車内にあふれていた。

「今が一番辛い時期だけれど、頑張れ…」

それでふと思ったのだけれど、今年は私が大学受験をした年からなんとちょうど10年が経過するのだ。
入学式やオリエンテーションが昨日のことのように思い出されるというのに。
そりゃ年もとるわ。恩師の娘も気がついたら高校ぐらい入るわ。
社会人1年目のときに入学した子が大学卒業もするわ。
なんかもう、懐かしい通り越してうっすら怖くなってきた。

私たちの代(1977年4月〜78年3月生まれ)というのは「雪」に当たる年。
中学受験のときも大雪だったし、大学受験のときも大雪だったし、成人式も記録的な豪雪の日だった。
もうこの年齢になると、そんなビッグイベントもなく、日々淡々とすごしていくわけだけど。

話はそれたけれど、大学受験時。
「蛍雪時代」なんて言葉に象徴されるように、何かと苦しい・辛い・イメージがつきまとう時期だけれど、不思議なことに私、負のイメージを全く持つことなく乗り切った(「受験勉強」そのものに対して。友達との関係とかはまた別)
言ってしまうと、高校時代の成績は恐ろしく悪かった。
面談で、第一志望の大学を告げると、担任の先生が呆れたように、
「そこの受験科目知っているか?」と言っていたのを覚えている。
しかしながらなぜだか私には自信があったのだ。
ものすごく根拠の無い自信だった。
自分が浪人したりする姿が全くと言っていいほど思い浮かばなかった、というかその可能性が心の中に微塵も存在していなかったのだ。

今考えるとあまりの無謀さに空恐ろしくなる。

多分、私の成績を知っているほかの人(親・高校の先生・友人達)の方が、はるかに心配していたと思う。
特に親にかけた心労を思うといたたまれない。

が、しつこいようだが、当の本人である私はどこか受かることに何の疑いも持っていなかった。

だけど、自信があるからといって、何もしなかったわけではない。
高校生2年の終わりごろから、おそらく計画性・持久力というものが決定的に欠けている自分としては最大限のレベルで、自分なりの計画をもって勉強に取り組んだ。
余分な塾はやめ、勉強する教科をしぼり、数冊の問題集を毎日決めた分量繰り返し繰り返し解いた。
…今思ったんだけど、自信があった、というより、不安の入り込む余地も無いほど、没頭していたのかもしれない。
後にも先にも、あれほど「勉強した」という手ごたえを感じた時期は、ない。

結果、第一志望の学部ではなかったものの、その大学の文学部になんとか合格することができた。

っていうか、そこしか受からなかった。

日々やってくる「サクラチル」の知らせを前に、それでも
「絶対どこかには受かる」
と信じて疑っていなかった私は…アホかもしれない。

まあ、信じて頑張る、日々の努力を重ねる、っていうことがとっても大事なんですよ。きっと。当たり前のこと過ぎて、身にしみて実感することはなかなかないけれど。
おんなじことは、靭帯を切ってリハビリに励んでいたときにも言えるな。
「このままグラウンドに戻れなかったら…」「せっかく手術したのに良くならなかったら…」
なんて思う隙も無いほど、ひたすら目の前のトレーニングに没頭。

しかしそーいう集中力が人生の間で2度しか発揮できていないと言うのもなあ…。
| zooty | ざつだん | comments(1) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | - | - |
roomy (2006/01/21 11:07 PM)
>そーいう集中力が人生の間で2度しか発揮できていない

焦らなくていいんですよね。
これからまだまだ発揮できる場はいっぱいありますよ。
これからの方がながいんですから!









url: http://zooty.jugem.cc/trackback/210